ベーゼンドルファーをヤマハが買収
ベーゼンドルファー (Bösendorfer) の売却先が、オーストリアの会社 Joseph Brodmann Piano Group と先週書いたのですが (ベーゼンドルファー売却) 、ヤマハがねばって逆転勝ちということになりそうです。この件はもうこれで落ち着いたと思っていたので、今日きみーさんに教えていただいて、びっくりしました。ニュースによると、Brodmann Pianos の1100万ユーロを上回る1400万ユーロでの買い取りを、ヤマハが申し出たのだそうです。ベーゼンドルファーの商標を変えないこと、製作スタッフがオーストリアにとどまることをヤマハが保証したことが決め手になったようです。
>Bösendorfer Bidding War Set to End
世界中で多くの人々に愛され続けてきたピアノですから、 「ヤマハが買収してから変わってしまった」 などと言われないように、ヤマハにはしっかりとして欲しいと思います。
メキシコの卵料理
メキシコ料理の本をぱらぱらとめくっていて、「これは良いかも」 と思った料理、”Mexican eggs in the pan”。生のトマトを炒めたところに卵を入れて蓋をして、卵がだいたい焼けたら上にチーズをのせて、チーズがとろけるまで加熱します。普段はレシピに従った料理はしないのですが (何しろものぐさなので。) この料理なら簡単そう。今日は、冷蔵庫にあった他の野菜 (にんにく、玉ねぎ、にんじん、ズッキーニ) も適当に入れて、更にチリ・パウダーとターメリックで味付けをしました、、、全然レシピ通りじゃないですね。
私としては卵は半熟でいきたいところでしたが、夫が生卵は全くだめ、半熟も苦手なため、しっかり火を通しました。イスラエルの Shakshuka という料理に似ている感じもします。夫はなぜか、ひどく感動して食べておりました。
パリのメトロにて
パリのメトロに氾濫している、魂のかけらもこもっていないけれど指だけは回るアコーディオン奏者達。はっとするほど上手い人もごくたまにいますが、大半は有名な曲をさらっと数曲弾いて、お金を無心して、次の駅で別の車両へ移って行きます。
先日、ちょっと変わったメトロでの光景を YouTube で見つけました。アカペラで R&B を演奏する Natuirally 7 というグループが、フィル・コリンズ (Phil Collins) の “In the Air Tonight” をメトロ内で熱唱しています。ソウルフルなボーカル、絶妙なハーモナイゼイション、人の声とは思えないヒューマン・ビートボックス。私はフィル・コリンズは苦手だし、最近の R&B にも興味はないのですが (古き良き時代の R&B は大好きです。しかし、R&B ってどうしてこんなに変わっちゃったのでしょうね。) このパフォーマンスは素晴らしいと思いました。他の乗客の反応もおもしろいです。
このグループの My Space のページ で他の曲も聴きましたが、全て人間の声だけで演奏しているとは、とても信じられないサウンドです。レコーディングやコンサートでは手を加えることも可能ですが、メトロ内のビデオでの撮影でこのクオリティの高さですから、本当に才能のある人達なのでしょうね。
あたたかいワイン
昨晩は、写真家の友人が参加している展覧会のプレビューに行ってまいりました。そこで出されたのが、マルド・ワイン (mulled wine) 。日本ではホット・ワインというのでしょうか?聞いたことはあったのですがこれまで飲む機会がなく、今回初めていただきました。おそるおそる口にしてみると、、、おいしい!!フルーツとスパイスの香りが、なんとも言えません。身体を温めてくれるので、寒い季節にはぴったりです。あ~幸せ。
写真はレシピを探していて見つけたものですが、私が昨晩いただいたものはこんなに透きとおっていなくて、もう少し濁りがありました。レシピも色々あるようで、作り方によっては甘すぎたり酸味がきつすぎたりしそうなので、その辺りは味見をしながら好みで調節、というところでしょうか。昨晩のマルド・ワインを作った人の話では、ブランデーを入れるのがコツだそうです。近いうちに、うちでも作ってみたいと思います。
ブレンデル引退へ
アルフレート (アルフレッド)・ブレンデル (Alfred Brendel) が、2008年12月を最後に、演奏活動から引退することを表明したそうです。来年の1月で77歳になるブレンデル。ラスト・コンサートは2008年12月18日、ウィーンにて。「さよならツアー」 みたいなものは好きではないので、特別なことはせずに引退するそうです。
ブレンデルの演奏を好きな人も、そうでない人も (私は彼の弾くシューベルトが好きです。) 時代の移り変わりを感じずにはいられないニュースだと思います。
2月にはブリストルでシューベルトの最後のソナタを弾くので、聴きに行こうかなあ、、、。
>Pianist Alfred Brendel Retiring
>Pianist Alfred Brendel unveils plans to retire
>Alfred Brendel, piano maestro, calls time on concert career
Angela Hewitt
カナダ人のピアニスト、と聞いて真っ先に私の頭に浮かぶのは、天才グレン・グールド (Glenn Gould) と、ジャズ・ピアノの巨匠オスカー・ピーターソン (Oscar Peterson) 。カナダは時々、ものすごい人達を生み出しますね。
昨晩は、アンジェラ・ヒューイットのコンサートに行って参りました。彼女もまた、グールドと同じく、バッハを得意とするカナダ人のピアニストです。父親がイギリス人のためイギリス国籍も持ち、ロンドンに住まいを持っていることもあって、英国内での活動も多く、イギリスではとても人気があります。
アクアマリン色のスパンコールのロングドレスを着て現れたアンジェラ・ヒューイット。堂々として気品に満ちているけれど、快活で人柄のよさそうな笑顔も兼ね備えた、素敵な女性でした 。
プログラムはピアニストのバイブル、バッハの平均律クラヴィーア曲集の第一巻を全曲。開演前に、「第一部が終わるまで、拍手はしないようにお願いします」 というアナウンスがありました。この曲集の24曲はそれぞれ独立した曲なのですが、彼女の演奏を聴いていると、第一巻すべてが、ひとつの作品のように感じられました。ひとつひとつの曲は見事な構成力で聴く者を退屈させず、それぞれの曲の性格も的確に表現されているのだけれど、24曲を通してのバランスと説得力も失わない、、、そこには確かに、彼女の個性とスタイルとこだわりがあったと思います。こういう独自のスタイルを持った女流ピアニストというのは本当に素敵で、憧れてしまいます。途中、何度か小さなミスもありましたが (と言っても2、3度ですが。) そういう演奏の方がかえって人間味が感じられて、私は好きです。ミスはないに越したことはありませんが、それが一番の目的になってしまっている演奏は、あまり趣味ではありません。
今回のピアノは、イタリア製のファツィオリ (Fazioli) 。彼女が愛用しているピアノを運んで来たらしいです。私は弾いたことがないのですが、ファツィオリの製法は従来のものと違ってかなり特殊なのだそうですね。
半ば予想通り、アンコールはなし。この日の演奏はこれで完結、ということなのでしょうね。
アンジェラ・ヒューイットは、来月、同じ会場で平均律の第二巻全曲を弾きます。
ベーゼンドルファー売却
ここ数日、ピアノ界はこの話題で持ち切りでした。 私もベーゼンドルファー (Bösendorfer) の行方を見守っていたのですが、ついに売却先が決まったそうです。オーストリアの会社 Joseph Brodmann Piano Group が買い取ることになりました。
記事によると、ベーゼンドルファーは、オーストリア国内での製造作業を続けることを要求した、ということです。今後、どのような運営になるのかはわかりませんが、なんとか個性と質を保って欲しいものです。
小さな卵
狭い鶏舎の中に閉じ込められている鶏のことを思うと罪悪感を感じてしまうので、卵はなるべく、free range egg (放し飼いの鶏の卵) を使うようにしています。でも free range と言っても色々あって、限られた時間しか外に出さない場合や、敷地がそれほど広くない場合など、いろいろあるようです。卵のパッケージには詳細は書かれていないことが多いので、「幸せなトリさんの卵だったらいいなあ」と願いながら買うことになります。
先日、義母がおすそわけしてくれたのは、ペットとして飼われている鶏の卵。庭で放し飼いになっている、正真正銘の free range egg です。カントリー・ウォークに行った際、家の庭先で売られているのを見つけて買って来たのだそうです。まだ若い雌鳥なので、普通の卵よりもひとまわり小さなサイズです。これまで考えたこともなかったですが、若い雌鳥の卵は小ぶりなんですね。
新鮮でぷりぷりして、おいしかったです。お義母さん、雌鳥さん、ありがとう。
Brunel Sinfonia
Brunel Sinfonia はプロのオーケストラではないのですが、ルーマニア出身のピアニストを招いて Grieg のピアノ協奏曲を演奏するということだったので、聴きに行って参りました。
プログラムは、Grieg を挟んで、Stephen Selby の交響曲第1番と、Carl Nielsen の交響曲第2番。Grieg 以外はマイナーですね。Nielsen はともかく、若い(1980年生まれ)イギリスの作曲家の Selby は知らない人の方が多いだろうと思います。チェルトナムで生まれ、ブリストル大学で音楽の学位を取った後、映画やテレビの音楽に携わる仕事をしていたのですが、音楽で生計を立てて行くのは難しく、現在はソフトウェアのエンジニアをしているのだそうです。
ストラヴィンスキーとコダーイを混ぜたような第一楽章と、10/8拍子が気持ち良い第二楽章は楽しんで聴いていたのですが 、第三楽章になって急に映画音楽のようになってしまいました。別に映画音楽が悪いわけではないのですが、一、二楽章からの流れとして、「あれ?」 という感じでした。そして最終楽章の第四楽章は、展開が急すぎて説得力に欠ける感じが否めませんでした。プログラムには作曲者自らの解説が載っていて、このエンディングについての説明は、「私は、- ちょうど人生がそうであるように - 音楽はポジティブな音で終わるべきだと信じている。私たちは未来に希望を持つべきであると信じている。この希望は、モチーフの変換とハ長調への転調をもたらすことになる。」 となっていました。未来への希望をハ長調の和音で表して大団円、というのはありだと思いますが、その辺はかなりうまくやらないと、取って付けた感じが消えず、「え?なんでここでこうなるの?」 ということになってしまいます。それに、「音楽はポジティブな音で終わるべきである」 というのはひとつの立派な見解ではありますが、「音楽」 全てについてそう言い切ってしまうのは、かなり強引だと思います。絶望に満ちた音楽というのも、人生の確かな側面であると思うからです。
さて、グリーグのピアノ協奏曲は、ピアノとオケのテンポ感がしっくり行っていない感じがしました。ピアニストはルーマニア出身の Diana Ionescu。まだ若い (26歳) ピアニストで、ロンドンで勉強中なのだそうです。聴いていると、ピアニストが一人で突っ走って、オケが一足遅れてついて行く、という感じ。なにはともあれ、生の演奏を聴くというのは、よい勉強になります。学校での勉強を終えてからは、定期的なレッスンを受けているわけではないので、演奏会にはなるべく足を運ぶようにしています。
Mississippi Burning / Strange Fruit
ずっと見たいと思いつつ、なぜかことごとくその機会を逃して、未だに見ていない映画がけっこうあります。「ミシシッピ・バーニング」 もそのひとつだったのですが、昨晩やっと念願が叶いました。
独特の雰囲気とカラーを持つ作品を作るアラン・パーカー (Alan Parker) は、大好きな監督です。 「ミシシッピ・バーニング」 では、特に本筋に入る前の冒頭部分がすごいなあと思いました。・・・ 隣り合わせた2つの水飲み場 (この場面は、私の大好きなパーカー特有の雰囲気とカラー)。ひとつは “White” 、もうひとつは “Colored” と記されている。白人の男がやって来て、 “White” と記された方で水を飲み、去って行く。続いて黒人の男の子がやって来て、”Colored” と記された方で水を飲む。そして、黒の背景に白く浮かび上がる “Mississippi Burning” というタイトル。タイトルが消えた次の場面は、闇の中で燃え上がる教会。女性の歌うゴスペルが鳴り響く。・・・ ここまでほんの数分間なのですが。「うわ~、アラン・パーカーってやっぱりすごい!」 と思いました。
見終わって思ったことは、「やっぱり重かった」 でした。覚悟はしていましたが、想像以上に重くて、げっそり。黒人差別という、ただでさえ重いテーマな上に、私も夫もクラシック以 外で聴いたり演奏したりする音楽の大半がブラック・ミュージック (しかも古いものばかり) なので、二人でやるせない気分になってしまいました。
今日はげっそりとなったついでに、これを書きながらずっと、ビリー・ホリデー (Billie Holiday) の 「奇妙な果実」 (Strange Fruit) を聴いていました。
Southern trees bear strange fruit,
Blood on the leaves and blood at the root,
Black bodies swinging in the southern breeze,
Strange fruit hanging from the poplar trees….
Wikipedia には、「映画では、米北東部出身のFBI捜査官が、ロバート・ケネディの命により人種差別の根強く残る南部の田舎町へ救世主のごとく現れて孤軍奮闘する が、これは史実に反するとハワード・ジンら歴史学者に批判された。実際にはFBIも司法省も公民権運動家の保護にはあまり積極的ではなく、むしろ公民権運 動家がリンチされているのに遭遇しても干渉せず黙って見ていることが多かったという。」 と書かれていました。現実は更に悲惨だったということですね、、、。







