本当の戦争の話をしよう
最近読み終えた本。ティム・オブライエン (Tim O’Brien) の 「本当の戦争の話をしよう」。
何年か前に一度読んで、その時はあまりぐっときた覚えがないのだけれど、改めて読んでみると、すごくおもしろい。

翻訳と解説は村上春樹による。以下、解説の一部。
「オブライエンはもちろん戦争を憎んでいる。でもこれはいわゆる反戦小説ではない。あるいはまた戦争の悲惨さや愚劣さを訴えかける本でもない。この本における戦争とは、あるいはこれはいささか極端な言い方かもしれないけれど、ひとつの比喩的な装置である。それはきわめて効率的に、きわめて滑稽に、人を傷つけ狂わせる装置である。それがオブライエンにとってはたまたま戦争であったのだ。そういう文脈で言うなら、人は誰もが自分の中に自分なりの戦争を抱えている。そしてある意味では誰もが本当の戦争の話を語れるはずなのだ。だから本当の戦争の話とは戦争についての話ではないのだ - それがオブライエンの言いたかったことではないだろうかと私は推測する。」
私はこの解説を本文の途中で読んだのだけれど、上記の部分は納得がいかなかった。その時点では、この小説は (オブライエンの独特のスタイルであるとはいえ)、戦争の悲惨さを訴える切実な反戦小説にしか思えなかったからである。しかし、全てを - 特に最終項の 「死者の生命」 を - 読み終えたあとで、ああ、そうか、そういうことだったのかと、「すとん」 と納得がいった。
私は、5年ほど前に前の夫を亡くしてから、理解できるようになった本が増えた。それまではあまり共感できなかった本を読み返してみて、感動することが多くなったのである。私の人生にとって、彼の死は戦争のようなものである。そして、彼と共に私の中の一部は死に、新しい一部が生まれたのだと思う。
sarahoctavian のコメント
2月 9, 2009 に 7:17 am
この本、読んでませんが・・・「だれでも自分の戦争を抱えている」という春樹氏のお言葉、興味をそそられました。人間長く生きるほどに、自分・他人との葛藤にもまれて精進していくものですよね。不幸な体験は辛いものですが(それはYukiさんにも私にも他のみんなにもあること・・)、それは人間として成長する過程として用意されてたものなのかな~と思う。自分が運命主義になってきたのを感じます。とか言って、まだまだダメな私ですがっ。
keiko のコメント
2月 9, 2009 に 9:23 am
読みたくなりました。私にとって「本当の戦争の話」とは、その状況の中にいる人々の話です。それは私も含めてですが、ロケットが飛んで何人死んだということではなく、日常の中にフツウに存在する戦争です。イスラエルで戦争を体験し、生活していると、人が生まれて死ぬという自然のさまと、戦争で死ぬということになんら違いはないと思うようになりました。「自分なりの戦争を抱えている」とは、まさにその通りだと思います。
Mevrouw のコメント
2月 9, 2009 に 7:17 pm
そうですか。Yukiさん、辛い経験をなさったのですね。そのように、心の傷を作るもの=戦争なんでしょうか。
村上春樹は近頃のものとしては、「海辺のカフカ」を読みましたが、翻訳の本は読んでいません。 読もう。
Yuki のコメント
2月 9, 2009 に 10:24 pm
>sarahoctavianさん
本当に、人はそれぞれに何かしら抱えているものですよね。
人生には経験して慣れていくことのできるものも多くありますが、身近な人の死だけは、一生慣れることができないだろうなと思います。何度経験しても、次のことを思うとやはり怖いです。私にできるのは、与えられた時間の中で、精一杯に良い思い出を作ることぐらいなんだろうなあ・・・。
Yuki のコメント
2月 9, 2009 に 10:31 pm
>keikoさん
そうですよね。イスラエルで生活なさっているkeikoさんにとっては、戦争は生活の中に存在するんですものね。私なんかとはまた違う感じ方をされるかもしれませんが、機会があったら読んで見られることをお勧めします。
Yuki のコメント
2月 9, 2009 に 10:36 pm
>Mevrouwさん
そうなんですよ~。あまりにも突然のことで、死に目にも会えなかったので、一時は本当にしんどかったです。まあでも、人の死に限らず、誰でも何かしらの心の傷は抱えているものですよね。
私も 「海辺のカフカ」 読みました。春樹さんは翻訳もいいですが、やっぱり小説が一番好きです。早く新刊出してほしいですね。