忌野清志郎を偲ぶ - その5 ・ すべてはALRIGHT

5月 29, 2009 at 1:26 am (音楽) ()

音楽には、人の気持ちをタイムトリップさせる力がある。昔よく聞いていた曲を久しぶりに聞くと、すっかり忘れていたその頃の気持ちがありありとよみがえってくる。そんな力が音楽にはあると思うのだ。そういう意味で、音楽とは人生の宝のようなものであると私は思っている。思春期に聞いた他愛のない (でも狂おしく愛しい) ロックンロールが、20年以上も経った後に、その人の心を暖めたり勇気付けたり叱咤したりすることが、人生には確かにあるのである。私は自分の思春期を振り返ると、若かったから仕方がないとはいえ、無駄な努力ばかりして空回りしていたなあと思うことが多いのだけれど、色々な音楽を聞いたりライブに足を運んだりしたことにおいては、「よくやった」 と自分に言ってやりたいと感じている。私の心の中の引き出しには、今でもそういう宝物のような音楽がたくさん詰まっているからである。そしてそういう夜道の街灯となってくれるような物なしには、時にはひどく理不尽な人生というものを歩んで行くのは、数倍大変なことであるに違いない。

rc_bw

『すべてはALRIGHT (YA BABY)』 は、数多くのRCサクセションの曲の中でも、とびきりに好きだった曲である。久しぶりにこの曲を聞いて、一気に 「あの頃」 の思いが押し寄せ、泣き出したい気分になってしまった。曲の内容は、ボブ・マーリーの 『Three Little Birds』 という曲に似ているが、RCのこの曲がちょっと違うのは、それが 「夢見る者」 に向けて歌われたということだろう。 最後の最後まで、「夢を忘れずに」 と人々に訴えかけていた清志郎らしい歌である。押し寄せる記憶に心をつまづかせながら、あの頃の私が抱いていた夢は叶ったのだろうか?と自問してみる。答えは、イエスでもあり、ノーでもある。清志郎が歌うように私も、夢を持ち続ける大人でありたいと思う。「頭ごなしに笑われても」 。
RC Succession – すべてはALRIGHT(YA BABY)

4件のコメント

  1. Mev のコメント

    夢を持てる人は幸せだと思います。 そして、本当は夢を持てない人のほうが多いと思います。 それは、守銭奴でもなく、届かぬ夢だとあきらめたわけでもなく、もともと、「夢」を考えるよりも現実に追われて淡々と生きているということです。 

    「世界では、貧しく、忙しく、欲のない大勢の人たちがいて、ときにその中に、ごく少数の”夢を追う人たち”がいる。大勢の夢のない人たちが、夢を持つ人を支えている。そういうバランスで世界は動いていて、でもそれは悲劇的なのではなく、”いいバランス”なんだ」、、、というようなことを、いつかテレビでタモリが言ってました。 実は私もそのとおりなんだと思います。 夢を持つ魂を持つ人はそれを大切にしてほしいです。「夢」を考えるヒマもない人たちは「夢をもつひと」に気持ちを託してささやかな幸せを感じて、生きる力にしているのだから。 

    • Yuki のコメント

      >Mevさん

      その日の食べ物ひとつに困っているような国では、確かに夢を考える余裕などないですね。でも日本のような比較的豊かな国ではどうなのでしょうね。貧しく死ぬほど忙しくてもあきらめずに夢を追っている人、お金があってさほど忙しくなくても夢なんて持っていないという人、お金はあるけれど忙しくて夢なんかにかまけていられないという人、色々だと思います。でも、みんながみんな夢を追うためにフリーターになってしまったら社会は機能しなくなるので、それが 「バランスが取れている」 ということなのかもしれません。私が清志郎を好きなのは、あくせく夢を追いかけている庶民や、夢を持つ暇もないような庶民と同等の目線を、いつも忘れなかったことにあります。

      私も、夢を持てることは幸せだと思いますが、それは楽な人生ではないとも思います。清志郎にしても、仕事を干されて暗い時期がありましたしね。彼はそれでもあきらめないで結果的にミュージシャンとして成功したわけですが、そういう人はきっとほんの一握りですよね。報われなかった努力と叶わなかった夢を抱えて人生を終えていく人も大勢いると思います。そういう自分の姿や世間の目に耐え切れなくて、途中で夢を投げ出してしまう人も多いのではないでしょうか。

  2. Mev のコメント

    ほんとです。夢を持ち続けるのはエネルギーのいることです。だから、「夢を忘れないで」と声を出してくれていたんだろうと思うんです。
    「夢を持つ魂」といったのは、かなえたいという根性もあるということです。誰だって夢想することはできるけど、具体的な努力はできないですよね。夢を具体的に追うことができる人は、やはり、才能と努力する心根の両方がある場合が多いと思います。 その両方を持てる人はすごくラッキー。 
    夢を持てない人が多いといったのは、たとえば、今の高校生に夢があるかと聞いてみたら、たぶん「はい」とはっきり言えるのは50人に1人くらいでしょう。だけど、首をかしげた49人は不幸か、というと、ちがう。 ターゲットがしぼれないだけであって、彼らにも幸せな人生のイメージはあります。そして、50人の代表である「夢を持てる人」が49人に刺激を与えてくれる。49人は夢見る人に協力もする。 そういうことが、「バランス」だと、私は思います。

    • Yuki のコメント

      >Mevさん

      私はよく、「今の世の中は、人生の選択を迫られるのが早すぎる」 と思います。15歳で高校を選んで、18歳で大学又は就職を決め、大学へ行ったとしても4年後には社会に出て行かなくてはならない。そういう流れの中で、自分のやりたいことを見つけられる人は、Mevさんのおっしゃる通り、とてもラッキーだと思います。私も夢がなければ不幸だとは思いませんが、もうちょっとゆとりを持って、様々な観点から人生を見て、自分の進む道を決められる世の中だったらいいのにな、と思います。

      村上春樹さんは、「30歳成人説」 というのを唱えています。「現代の複雑で情報過密な世の中では、10代の頃に人生の目標をもてるなんてことは、例外的な状況である。それは当たり前のことで、30まではいろんなことをやってみて、30になってから人生の進路をはっきり決めればいいじゃないか」 というようなものです。まあこれも、実行するのは勇気のいることかも知れませんが、私は (自分の歩んで来た道を振り返りってみて) 一理あると思います。

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