亡き祖父を思う

8月 8, 2009 at 11:45 pm (家族 / 友達 / 夫婦)

母から電話があって、祖父が他界したという知らせを聞いた。93歳という高齢で、寝たきりの入院生活が長く、医者からあまり長くはないだろうと言われていた状態だったので、知らせを受けた時も驚きはしなかった。しかし、電話を切った後、「そうか。でもしかたないよな。」 などと思いながら食器を洗っていると、感情がみるみるうちに波立って、ぼろぼろと涙がこぼれてしまったから困った。祖父はあまり口数の多い方ではなかったし、それは私も同じで、特に思春期に入ってからはあまり込み入った話は家族とはしないようになったので、目と鼻の先に住んでいながら、祖父とたくさん話をしたという記憶はない。それでもやはり、温かい思い出はこの胸にたくさん残っているし、家族として一緒に過ごした年月は大きな意味があったのだと思う。そしてきっとそういうものが、私に涙を流させたのだろう。
葬儀には参列できないので電報でも打とうと思ったのだが、いざ文章を考え始めると、どうも嘘臭いものになってしまう。告別式で読み上げられるかもしれないと思うと、何だかよそよそしい文章になって、本音で書けないのである。結局、電報はあきらめて、心の中で祖父のことを思い出し、冥福を祈り、ブログで彼のことを少し書いてみようということにした。

祖父は、鼻が高くて彫りが深く、とてもハンサムな顔立ちであった。若い頃の写真を見ると、外国の映画スターのようで、自分の祖父だということを忘れて惚れ惚れしてしまうほどである。第2次世界大戦中は兵役についたが、戦場の過酷さと悲惨さに耐え切れなくて、隊を脱走したという話を誰かから (父だったように記憶している。) 聞いたことがある。それはおそらく、戦場に残るのと同じくらい (もしかしたらそれ以上に) 勇気のいることだっただろうと想像する。
私の中で強く残っている祖父のイメージは、山を歩く姿である。晩年は身体を壊して思うように動けなくなってしまったが、それまでは文字通り毎日、勾配の強い近くの山を散歩していた。私も小さい頃に何度か連れて行ってもらったが、幼な心に、「こんなところ、よく毎日登るなあ。」 と思ったものである。毎日通っていると、木々が 「やあ、今日もよく来たね。」 と話しかけてくれるようになるのだと言っていたのを今でも覚えている。絵画にも興味を示していたし、自然や美しいものに対して豊かな感受性を持っていた人なのかもしれない。
最愛の息子 (私の父) に先立たれ、「長生きもするもんじゃないな」 などと言っていたこともある祖父だが、願わくば、最後の入院生活が彼にとってそれほど辛いものでなく、安らかな気持ちでこの世を後にしたのであってほしい。お疲れ様でした。どうもありがとう。ゆっくりと休んでください。

grandpa

写真は、右上が祖父、その隣が母、祖父の膝の間で生意気そうな笑顔をしているのが兄 (姪っ子にそっくりである。)、その隣が祖母、一番下で指をくわえているのが私。写真を撮ったのは父であろうと思われる。
明日は祖父のことを思って、たくさんピアノを弾こうと思う。

6件のコメント

  1. まき のコメント

    ゆきちゃん、おじい様のこと、ご愁傷様でした。
    ゆきちゃんの文章を読みながら、私もおじい様のことを少し想像してみました。
    芯のある、それでいて、孫娘の手をひいて木々の話をしたりするハートの温かい方だったのだろうなあと思いました。
    なるほど、男前のおじいちゃんだね。
    そして、みんなの幸せそうな顔。家族ってやっぱりいいもんだなあと、しみじみ感じます。
    ゆきちゃんも、つきたてのお餅みたい、かっわいいねえ・・・

    おじい様、きっと空の上から、ゆきちゃんを見守っていてくれると思います。

    • Yuki のコメント

      >まきさん

      どうもありがとう。
      あまり話さない人だっただけに、その分、たくさんの思いを胸の中に抱えていたんだろうという気がして、そう思うとちょっと切ない。。。

      つきたてのお餅!そうそう、大福餅みたいだよね。私はちびだった頃、顔がまん丸で有名だったのよ (笑)。

      まきさんも元気にしてる?近いうちにメールするね。

  2. Mev のコメント

    悲しいことでしたね。
    おじい様のご冥福を心より祈っております。
    順番とは理屈でわかっていても、
    身内についてはいつまでも生きていてほしいと思うからか、
    信じられない気持ちもありますよね。

    弔電も非常に難しい。
    どう表現しても伝わらないような気がしますものね。

    ところで、お写真拝見し、
    おかあさまは美しい方ですねえ。
    Yukiさんもかわいらしいこと!

    • Yuki のコメント

      >Mevさん

      ありがとうございます。

      弔電、難しいですよね。特に今回は、親しい身内が亡くなった場合の難しさを感じました。電報が読み上げられた場合、他の参列者の方々に失礼があってはいけないし、でもそのような文体や内容にすると、身内には本当に伝えたい思いが伝わらないような気がしました。

      昔の写真を見ると、母もこんなに若かったんだなあ、と切なくなります。

  3. ogitetsu のコメント

    なんとなく、太宰治を髣髴させるおじい様ですね。
    旧日本軍から脱出という話は聞いたことが無いので、少し驚きでした。
    窮屈に縛られた環境では生きられないというところは、Yukiさんも引き継いでいるのではないでしょうか。
    93歳、中身の濃い人生だっただろうと思います。
    おじい様の良い思い出が有るとことが、心の糧ですよ。

    ところで、Yukiさんはお母さん似のようですね。

    オギテツ

    • Yuki のコメント

      >オギさん

      ありがとうございます。

      私の兄は、結婚を決めた時、でき婚だったり父が他界して間もなくだったりなど、何やかや家族にとって気に入らない点があったらしく、結婚を知らせた時に 「おめでとう!」 と手放しで喜んでくれたのは、祖父と私くらいだったと言っていました (今は円満にやっていますが)。

      私も、最初の結婚の時や、その夫が亡くなった時、今の夫と結婚した時に、家族から色々と言われてしんどかったのですが (これも今は円満ですが。)、そういえばその時も、祖父と兄は静かに見守ってくれていました。

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