祈りをこめて

8月 23, 2009 at 2:43 pm (家族 / 友達 / 夫婦)

父や夫を若くして亡くした私は、「人の命は、ある日突然に終わってしまうということもあるのだ」 ということをいつも自分に言い聞かせ、いざという時に後悔しないように生きているつもりであった。しかし先日、親しい者の突然の訃報に触れ、まだまだその覚悟は足りていなかったのだと思い知らされた。昨日まで笑っていた人が、こんなに簡単にいなくなってしまうこともあるのだ、と。

悪いことは立て続けに起こるものである。祖父の訃報に続いて、叔母の訃報を受けた。元気で若々しい叔母の、あまりに急な死の知らせに、訃報を受けた日はただただ動揺するばかりで、涙も出なかった。次の日の午後になってようやく悲しみが襲ってきて、久しぶりに声を上げて泣いた。散歩をしながら叔母やいとこ達のことを考えていたら急にたまらなくなって、歩くことができなくなってしまった。身体を半分に折るようにして、前かがみになって泣いた。芝生に座り込んで泣いた。仰向けに寝転んで、天を呪いながら泣いた。

叔母は本当にまっとうに、人一倍苦労して生きてきた人である。若いうちに夫を亡くし、一人で三人の息子を育て上げた。シングルマザーなどという言葉もまだない時代に、それは本当に本当に大変なことだっただろうと想像する。そういう母親の姿を見てきた息子達は皆、心優しいいい男達に育った。私のようなドラ娘とは違って、親思いで家族思いの、心根の優しい子達である。三人とも、家計に負担をかけないように、奨学金を得たりアルバイトをしたりしながら大学を卒業して就職をした。経済的なことの他にも、父親がいないということで担った苦労は多かったはずである。そんな彼らが、どうしてこんな思いをしなくてはならないのか。汗水たらして働いてきた叔母は、やっと息子達が自立したという矢先に、誰にも看取られることなく、さよならを言うことさえできず、どうしてこんなに突然に死を迎えなくてはならなかったのか。そう思うと、やるせなさと、誰に向けるわけでもない怒りとで、私の心はいっぱいになる。

叔母は北海道の出身で、結婚後は千葉に住んでいた。夫を亡くした後も、実家があり兄や姉がいる北海道に戻ることなく、ほとんど絶縁状態だった夫の実家にはもちろん頼ることもなく、文字通り一人で家族を守ったのである。状況は違うけれど、私も夫を亡くした後、家族の強い反対を押し切って、頑なにイギリスに残ると言い張ったのだった。だから私は、叔母のこの気持ちがわかる気がする。そして、同じく何の前触れもなく、看取ることもできずに夫を亡くした経験を持つ私は、まだ若いいとこ達が感じているであろう無念さや、やり場のない怒りや悲しみが痛いほどわかるのである。

人生とは全く不公平で、理不尽なものである。それでも、残された者は生きて行かなくてはならない。今は悲しみと無念さでいっぱいでも、いつかきっと、思い出が残された者の心を温め、励ましてくれる日が来る。いつも前向きで元気だった叔母が望んだのは、きっとそういうことだったに違いない。

そんな気持ちをこめて、私の心に一番強く残っている叔母の思い出を書いてみようと思う。いとこ達や、叔母の兄や姉達 (私の母を含む) の悲しみが、一日でも早く癒されますように、という祈りをこめて。
私がまだ学生で、東京に住んでいた頃、何度か叔母のアパートにお邪魔したことがある。その日の夕飯は豚カツで、私も手伝いのようなことをしながら二人で一緒にカツを作って揚げた。カツはいとこ達の分も作ったのだが、叔母は、揚げるのは私達二人の分だけでいいと言う。叔母と私が夕飯を食べ終え、しばらく他愛のない話をしていたところに、三男が帰ってくる。すると叔母は、三男のためだけにカツを揚げる。そして、カツを揚げながら、息子が夕食を食べるのを見ながら、その日あったことなどの話を聞く。またしばらくして次男が帰って来た時も、同じことが繰り返される。いとこ達はその頃、部活や塾やアルバイトなど、それぞれに忙しくて帰宅時間がばらばらだったのだが、叔母はその都度、油を温め直してカツを揚げていたのである。そんな面倒なことするなんて信じられない、と驚く私に、だって揚げたての方がおいしいじゃない、と叔母はさも当然のことのように言った。一日中働いて自分だって疲れているだろうに、それでも尚、息子達に揚げたてのカツを食べさせる労力を惜しまない、そんな人だったのである。そしてそういう叔母の思いは、彼女の素晴らしい息子達に引き継がれていくに違いない。

6件のコメント

  1. ogitetsu のコメント

    自分自身も若い時から数回、不慮の死に直面したことが有ります。
    人間は、生まれる時も死ぬ時も、自分ではコントロール出来ません。
    いまは、叔母さんのために、ただただ、泣いて悲しむことが、ご供養になると思います。

    そして、しばらくしてから、また元気出して。ね。

    オギテツ

  2. Yuki のコメント

    >オギさん

    ありがとうございます。
    こういう思いは、多かれ少なかれ誰でも経験するものだと知っていても、やはり辛いですね。特に急な死というのはショックが大きいです。元気だった人がだんだん弱って行くのを見るのも、それはそれで辛いことですが。

    悲しみを乗り越えるには、ただひたすら嘆き悲しむ時間が必要ですよね。私も辛いですが、いとこ達や叔母の姉である母はもっと辛いはずなので、それを思うと心が痛みます。

  3. Mev のコメント

    はー。参りましたねえ。そのおばさまはまことによくできたお方でしたね。
    Only the goods die youngということばが頭をよぎります。
    ほんと、人の生き死には不条理そのものですね。

  4. Yuki のコメント

    >Mevさん

    仕方のないこととはいえ、やはり 「どうしてあの人が」 という思いは消えません。世の中にはもっと怠惰な人や無責任な親もいるのに、と。生死というのはそういう問題ではないのだと頭ではわかっていても、気持ちがついて行かないんですよね。

  5. Kouji のコメント

    お久しぶりです。従弟のKoujiです。
    実家を片づけに来た際、母のPCを立ち上げたらこのブログがありましたので、書き込んでみました。
    お元気でしょうか?
    母の件、ブログに書いて頂いてありがとうございます。
    そうやって母が亡くなった事を惜しんでくれる人がいるということが、今は何よりうれしいです。
    本当に急すぎて、悲しみよりも信じられない気持ちで一杯です。
    ついこの間も、実家に遊びに(というよりも晩御飯を食べに)行ってきたばかりでした。
    帰りの車(いつも送ってくれてたんです)の中で、YukiさんのCDを聴きながら
    私「このCDいいな~、ちょうだい!」
    母「だ~め」
    なんて会話をしていたいんです。

    カツの話、確かに今思うとすごい事なんだと思います。
    というより、この記事を見るまで、「特別なこと」だと思っていませんでした。
    ちなみに、弟曰く「俺にとってのおふくろの味は豚カツだ」とのこと。

    そうそう、姪の件ですが、告別式の直後(火葬場から帰る直前)から、兄が直接病院に向かい、その足で出産に立ち会いました。
    一通り終わって兄(と付き添いの弟)は、二人して「よかった~」なんて
    言いながら帰ってきました。
    絶対それは葬式帰りの喪主の顔じゃない、すがすがしい笑顔をうかべて…
    きっと笑顔で帰れるようにとの母の気遣いなのでしょうが、最後の最後まで気遣いすぎです!

    って長くなりすぎました。Yukiさんもお体に気をつけて!

    • Yuki のコメント

      >こうちゃん

      久し振り~。
      おばさんのこと、本当に残念だったね。気持ちが落ち着くまでにはまだまだ時間がかかることと思います。でも、葬儀に参列したうちの母は、「3人ともしっかりしていて、自分の出る幕ではなかった。」 と言っていたから少し安心しました。これからも兄弟仲良く、協力し合ってがんばってね。

コメントを投稿