新しい命

8月 25, 2009 at 11:57 pm (家族 / 友達 / 夫婦)

叔母の葬儀から帰って来た母と電話で話していて、また驚きの知らせを受けた。なんと、葬儀をした日に、叔母の長男の赤ちゃん (女の子) が生まれたのだという。予定日は10月だったというから、かなり急いで生まれてきたことになる。更に偶然にも、当初の予定日が叔母の誕生日と一緒だったというから、何とも不思議なものである。

seimei

母との電話を切って散歩に出たら、自然と微笑みが浮かんできた。しかし、初孫の顔を見ることなく逝ってしまった叔母のことを思うとやはり切なくなって、泣き笑いのような顔をしていただろうと思う。叔母の死が辛く悲しいことであるのは代わりないけれど、この新しい命の誕生のニュースが鬱々としていた私の心に光を射してくれたのも事実である。この子が誕生した時の話は、いとこ達兄弟の間で、また私達親戚の間で、代々語り継がれて行くだろうと思う。色々な思いが交錯する今日この頃である。

4件のコメント

  1. Mev のコメント

    赤ちゃんが生まれたのは、ほんと、よかったですねえ。
    悲喜こもごもとはこのことですね。

    今、自分の生命保険を見直しているところですが、紙の上で数字を見ていると、あ、自分が死ぬと子供たちに何千万残せるな、と冷静に思うわけですが、実際にちょっとでも体調が悪くなれば、そんなこときっと考えられなくて暴れるだろうなあと思いました。 元気な時こそ保険のことを考えておかなくちゃ。

    • Yuki のコメント

      >Mevさん

      こちらでは早くから遺言書を書く人が少なくないですね。特に国際結婚などで住んでいる国以外に遺産がある場合は、遺言書ひとつあるだけで相続の手続きのスムーズさが全く違います。私も遺言書がなかった場合に消耗する時間と精神の膨大さは経験があります (遺産が多かったわけではないのですが)。ただでさえしんどい時にこういう事務的な手続きはかなり大変なので、私も夫のために遺言書を残しておこうかな、と思うことがあります。

  2. ogitetsu のコメント

    「忘れることが出来ること」と言うのは人間の強みかもしれませんね。
    どんなにひどい心の傷ですら、どんな形に残るにしろ、塞がるわけですから。
    考え見れば、生きていれば、毎日、新しいことが起こり続けて、それに対処していかなくてはなりませんからね。まさに、life is goin’ on。
    ある坊さんいわく、「行き続けること自体が肯定なのだ」とか。
    僕は、YUKIさんの文を読みながら、パンドラの箱を思い出しましたよ。
    箱から災いや悲しみが出てきた後、一番最後に残ったのが、希望でした、から。

    オギ

    • Yuki のコメント

      >オギさん

      パンドラの箱・・・確かにそうかもしれないですね。
      いとこ達も複雑な心境だとは思いますが、これですこしは気が紛れるのではないかという気がします。

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