ポール・オースター

8月 31, 2009 at 5:39 pm (本 / 美術)

ポール・オースターは、高校生の時に 『孤独の発明』 を柴田元幸さん訳で読んで以来、ずっと好きな作家です。ヨーロッパに住むようになってからは英語で読んでいます。柴田さんのオースターの訳は素晴らしいと思いますが、自分で原語で読むというのもまた、翻訳本を読むのとは一味違った楽しさがあります。それに、やはりこちらでは英語の本の方が安く簡単に手に入るということもあるし、まだ訳されていないものも多くあるので英語で読むしかないということもあります。

最近、まだ読んでいなかったオースターの本をふと手にとって読み始めて、またはまってしまいました。この人の本は読み始めると止まらなくて、ついつい夜更かししてしまいます。「次にひと区切り着いたところで今日はやめよう」 と思っていても、どうしても続きが読みたくなってしまう。そんな感じで、一週間で二冊読みました。

paul_auster

今回読んだのは、”The Brooklyn Follies” と “The Oracle Night”。 Brooklyn Follies の方は、暗~い感じの作品が多いオースターには珍しく、あれよあれよとハッピーエンドへ向けてまっしぐら。途中、声を上げて笑ってしまった所もあり、とても楽しく読みました。しかし、あんなエンディングが待っているとは・・・。やはりオースター、と言う感じでした。
Oracle Night は、あれとこれが繋がって、あそことここが繋がって・・・と、正にオースターらしい作品。「これは何なの?どういう意味なのー?」 という読者の疑問を明かしていく後半はとても読み応えがあります。ここでオースターの言う、「文章の持つ予言性」 というのは、私はわかる気がします。絶対に言葉 (文章) にしてはいけないことというのは、世の中にはある気がするのです。怖いよー。

brooklyn_follies  oracle_noght

読書って本当に楽しいです。うちにはテレビがないのですが、そのひとつの理由は、私はテレビを見るよりも、本を読んだり音楽を聞いたりする方がずっと好きだということにあります。本当に、本があればテレビなんていらない、と思う今日この頃です。

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カポーティ

8月 15, 2009 at 8:03 pm (本 / 美術)

どんなに帰宅が遅くても、疲れていても、忙しくても、寝る前の30分はゆったりと風呂に浸かることにしている。30分も何をしているのかというと、本を読んでいるのである。バスタブに寝そべって一日の疲れを癒しながら本を読むというのは、私にとって、目まぐるしく過ぎていく生活の中での、ささやかながら贅沢な一時となっている。

つい先日までは、カポーティの小品集を読んでいた。『ティファニーで朝食を』 が入った全4編である。何年か前にに一度読んだものを読み返したのであるが、やはりこの人はすごい。小説の中の小説という感じで、小説好きにはたまらない。最初の一行を読み始めた途端に、その物語の世界に引きずり込まれてしまう。そして、読み終えた後に感じる心の静けさは、静かな森の奥に存在する、波ひとつない湖のようである。その湖は穏やかだけれど、深く、美しい。素晴らしい小説を読む時に私が感じるこういった思いをとても上手く表現した一文が、現在読んでいるポール・オースターの作品の中に登場する。柴田元幸さんならもっと上手い訳をするところだけれど、こういう文である。

「本を読むことは、私にとって、逃避であり、生活を楽にするものであり、慰めであり、好みの興奮剤であった。私は、純粋な喜びのために本を読み、作者の言葉が自分の頭の中で響き渡る時に感じる美しい静寂のために、本を読んだのだった。」

カポーティのこの小品集に収められた作品は、オースターが (正確には、オースターの書く主人公が) 語るこの条件を全て、しかも完璧なやり方で満たした、非の打ち所のないものばかりである。

Truman_Capote

『ティファニーで朝食を』 は、オードリー・ヘップバーンが出演した映画が有名であるが、この映画は原作とは、内容も、登場人物のキャラクターも、全体の雰囲気もかなり違っている。そして私は、この作品は原作の方がずっと好きだ。特に物語を締めくくる最後の1ページがすごい。過去の回想から現在に戻るこの物語のラストは、読み手をぐいぐい引っ張って、たたみかけるように切ない気持ちにさせて終わるのである。これはこの短編集の最後に収められた 『クリスマスの思い出』 にも言えることだけれど、カポーティのエンディングには、人の心をぐらぐらと揺さぶり、胸をかき乱す力がある。もうひとつの短編、『ダイアモンドのギター』 のラストもすごい。この最後の一文を読んだ時に、私の心臓はどきりと鳴り、頭はぐらりと揺れた。

こういう本を読んだ後は、原作を原語で読むことの喜びを感じる。この本の前は小難しい文体で書かれたクラシック音楽とピアノに関する学術書を読んでいたこともあり、カポーティのシンプルで軽快で美しい文体は、爽やかに、それでいてしっかりとした存在感を持って私の心に響いたのである。「そうそう、やっぱり読書はこうでなくっちゃ。」 という感じで、心から楽しんで読むことができた。日本では近年、村上春樹氏の訳でこの本が出たそうで、彼の文体はこれらの作品の持ち味を表現するのにぴったりであろうと想像する。興味があるので村上訳を読んでみたい気もするが、そうすると原文を読んで得た自分なりのイメージが変わってしまうのではないかという危惧の念もあり、その楽しみはしばらく先までとっておくことになりそうである。

 Reading was my escape and my comfort, my consolation, my stimulant of choice: reading for the pure pleasure of it, for the beautiful stillness that surrounds you when you hear an author’s words reverberating in your head. – “The Brooklyn Follies” by Paul Auster

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Banksy vs Bristol Museum - その2

7月 11, 2009 at 10:34 am (イギリス & ブリストルの生活, 本 / 美術)

先日の続きです。

展覧会では、アニマトロニクスを使った作品を集めたコーナーがありました。アニマトロニクスというのは私は知らなかったのですが、ディズニーパークのアトラクションなどで使用されているロボットのことなのだそうです。今回のバンクシーのアニマトロニクスは、アニマル・ライツを訴えるものや、人間と動物の関係を考えさせるようなものが多くありました。

籠の中で青白くやせ細ったトゥイーティーを見た時には、思わず 「ああああ~~トゥイ~ティ~~」 と叫んでしまった私です。弱々しく目を開けたり閉じたりします。

bks_tweety

檻の中で絵を描く芸術家のお猿もいました。目の動きや、呼吸に伴って動くお腹がとてもリアル。

bks_monkey

こちらは、檻の中で化粧台に向って一生懸命に爪を磨いているうさぎ。咄嗟にかわいい!と思ったのですが、暫くして、これは動物を使って化粧品などのテストをすることの風刺なんだと気付いたのでした。化粧台の上には、たくさんの化粧品が散らばっています。

bks_bunny

水槽に入ったホットドッグがパンの間から抜け出して、水を飲んでいるという奇妙な作品もありました。ホットドッグの動きが妙に繊細で、気味が悪かったです。

bks_ssg

展覧会場以外の美術館内にもバンクシーの作品は散りばめられていて、これがまたおもしろかった。古典絵画がずらりと並べてある中に紛れて、バンクシーの皮肉たっぷりの絵が飾ってあったりします。色々な動物の剥製が見られる野生生物のセクションでは、こんなものもありました。
キツネ狩り解禁を訴える看板に血を想像させる赤いペンキを塗って、キツネの剥製の横に置いてあります。

banksy_fox

展覧会自体もすごくわくわくしたのですが、こういったバンクシーお得意のゲリラ手法で演出された作品も、とてもおもしろかったです。

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Banksy vs Bristol Museum - その1

7月 9, 2009 at 3:25 pm (イギリス & ブリストルの生活, 本 / 美術)

ブリストル出身のアーティスト、バンクシー (Banksy) の展覧会へ行って来ました。バンクシーはグラフィティ (街中にする落書き) で有名になったストリート・アーティストで、ブリストルの街ではいたるところでバンクシーの作品を見ることができます。例えば、こういうの。

banksy_gr

banksy_ps

政治色やメッセージ性が強く、風刺の効いたグラフィティを、こっそりと街に残して消えるゲリラ・アーティストのバンクシー。本名などの個人情報や顔写真は一切公開していないので、人々は彼の正体を知りません。そんなバンクシーの作品が、ブリストル美術館で展覧されることとなったのです。展覧会の準備は、美術館を閉館して内密に行われたそうです。一部のスタッフを除いては、何が起こっているのかは展覧会オープンの前日まで知らされなかったそうな。そして、準備中もバンクシーは身元を隠していたらしいです。美術官のディレクターでさえ、たくさんいたスタッフの中で、誰がバンクシーだったのかは知らされなかったという入念さ。美術館を運営するブリストル・カウンシルは、普段なら街の落書きを消して回る立場で (最近ではバンクシーの作品は消されずに残されることが多いのですが。)、そのカウンシルがバンクシーの作品を展示するというのは極めて異例のことだと、BBCでニュースにもなっていました。
Banksy in secret exhibition stunt

展覧会は6月13日から始まっていて、これは絶対に行かねばと思っていたのですが、何しろ毎日すごい行列だというので、少し時間をおいてから行くことにしました。ブリストル美術館で入り口に行列ができるのは、初めてのことだそうです。恐るべしバンクシー。それで先日、ついに行って来たわけですが、まだ行列ができていました。15分くらいで入れましたが、それにしてもすごい人気です。

中に入ると、いつもの受付デスクが、焼け焦げたアイスクリーム・ヴァンに姿を変えてお出迎え。

bks_ice

ライオンの象もこんなにされてしまっている・・・。

bks_lion

ロビーを抜けていよいよ展覧会場に入ると、ペインティングやオブジェ、アニマトロニクスなど、たくさんのバンクシーの作品が並べてあります。私はこれまでやはり、バンクシーは 「ストリート・アーティスト」 というイメージを持っていたのですが、今回こうして様々作品を一度に見て、「ストリート・アーティスト」 と呼ばれる以上の人だなあと思いました。もっとも、バンクシー自身は、美術館に自分の作品を展示することを習慣とするつもりはないと言っていて、ストリート・アーティストとしての姿勢を崩すつもりはないようです。バンクシーはこれまで、自分の作品を美術館に持ち込んでこっそりと飾るということをしてきました。今回のブリストル美術館のイベントは公式のものであったとはいえ、作業は内密に行われ、タイトルも “Banksy vs Bristol Museum” というもので、ゲリラ的要素がとても強かったです。バンクシーにとって、美術館はゲリラの場のひとつでしかないのかもしれません。

バンクシーのサイトで、この展覧会のトレイラーを見ることができます。
banksy.co.uk

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平和なニュース

3月 25, 2009 at 9:52 pm (イギリス & ブリストルの生活, 本 / 美術)

今日は、このブログではめずらしいですが下ネタですので、そういうのがお嫌いな方は飛ばして下さい。あまりにもくだらなくて、つい笑ってしまったニュースです。

18歳の少年が、バークシャーにある両親の家の屋根に、男性器を模した落書きをしたというもの。この家は百万ポンド (1億4千万円) もする大邸宅で、落書きは全長18メートルもあるのだそうな。

イギリスの落書き (graffiti) は、芸術性やメッセージ性の高いものもあり、アートとして認められることもあるのですが、今回のこの落書きは小学生並のレベルです。

60-foot penis painted on roof (BBC)

何がおかしいって、豪邸にこの幼稚な落書きというミスマッチさ。全長18メートルというでかさ。更に、両親が気づくまでに一年ほどかかったというのが、またおかしい。少年の両親は、「息子が旅行から帰って来たら消させる。」 と言っているそうですが、それもなんだか笑えます。この時勢にこのニュース。平和でくだらなくて、私の笑いのツボを刺激したのでした。

banksy_sg1

写真は、ブリストルのグラフィティ・アーティスト、Banksy の作品。この人のストリート・アートは、落書きを超えています。

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ブラック・ジャック

2月 11, 2009 at 10:14 pm (本 / 美術)

手塚治虫さんのブラック・ジャック。英訳版です。
日本の漫画やアニメなどが好きな友達が、近々イギリスを離れることになったので、「そうだ!ブラック・ジャックを餞別に送ろう!」 と思いついたのです。飛行機の中ででも読んでもらえたら・・・と思って。ブラック・ジャックは兄が持っていたのを読んだりして、昔から大好きな漫画です。友達のために買うはずが、誘惑に負けて自分用にも1冊買ってしまった・・・。

blackjack_vol1

日本の漫画はこちらでも人気があって、英訳もたくさん出ているのですが、「わざわざ英訳で読まなくてもなあ」 という思いや、「このおもしろさが英語で伝わるのかなあ」 という思いがあって、これまで読んだことはありませんでした。でも、ブラック・ジャックは英語でもとてもおもしろかったです。

black_jack

それにしても・・・かっこいいなあ、ブラック・ジャック。私は昔から、世の中のシステムにうまくはまりきれない人に惹かれる傾向があるので、ブラック・ジャックみたいな人には胸ときめくんですよね (笑)。ピノコが惚れるのもわかる (爆)。

今回は第一巻だけ買ったのですが、読んだら全部欲しくなっってしまいました。でも、全巻そろえるとなるとけっこうなお金になるし、場所も取るしなあ・・・。

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本当の戦争の話をしよう

2月 9, 2009 at 1:26 am (本 / 美術)

最近読み終えた本。ティム・オブライエン (Tim O’Brien) の 「本当の戦争の話をしよう」。
何年か前に一度読んで、その時はあまりぐっときた覚えがないのだけれど、改めて読んでみると、すごくおもしろい。

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翻訳と解説は村上春樹による。以下、解説の一部。

「オブライエンはもちろん戦争を憎んでいる。でもこれはいわゆる反戦小説ではない。あるいはまた戦争の悲惨さや愚劣さを訴えかける本でもない。この本における戦争とは、あるいはこれはいささか極端な言い方かもしれないけれど、ひとつの比喩的な装置である。それはきわめて効率的に、きわめて滑稽に、人を傷つけ狂わせる装置である。それがオブライエンにとってはたまたま戦争であったのだ。そういう文脈で言うなら、人は誰もが自分の中に自分なりの戦争を抱えている。そしてある意味では誰もが本当の戦争の話を語れるはずなのだ。だから本当の戦争の話とは戦争についての話ではないのだ - それがオブライエンの言いたかったことではないだろうかと私は推測する。」

私はこの解説を本文の途中で読んだのだけれど、上記の部分は納得がいかなかった。その時点では、この小説は (オブライエンの独特のスタイルであるとはいえ)、戦争の悲惨さを訴える切実な反戦小説にしか思えなかったからである。しかし、全てを - 特に最終項の 「死者の生命」 を - 読み終えたあとで、ああ、そうか、そういうことだったのかと、「すとん」 と納得がいった。

私は、5年ほど前に前の夫を亡くしてから、理解できるようになった本が増えた。それまではあまり共感できなかった本を読み返してみて、感動することが多くなったのである。私の人生にとって、彼の死は戦争のようなものである。そして、彼と共に私の中の一部は死に、新しい一部が生まれたのだと思う。

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真夜中のスノーマン

2月 3, 2009 at 12:33 pm (イギリス & ブリストルの生活, 本 / 美術)

例年にない大雪に見舞われたイギリス。ブリストルでも昨日は、朝から降り始めて夜になってもやみませんでした。夜も10時過ぎになって、庭に降り積もった雪を窓から眺めながら思い立ったこと・・・そうだ!雪だるまを作ろう!
「い、今から?」 とちょっと尻ごむ夫をよそに、外に飛び出す私。こうして、夜中に雪だるまを作るあやしいアホ夫婦の図となったのであります。

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しかし・・・朝になったら崩れていて、正にレイモンド・ブリッグズ (Raymond Briggs) の本状態 (泣)。

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いまだにこの本のエンディングを読むと、ブルーになってしまう私であります。しかし、あの終わり方は、ブリッグズ的というか、イギリス的というか・・・何というか、非常に現実的ですよね。

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走ることについて語るときに僕の語ること

5月 5, 2008 at 10:04 pm (フィットネス / スポーツ, 本 / 美術)

本当は文庫になるまで待つつもりだったのですが、大好きな村上春樹さんが書いた走ることについての本ということで、がまんできずに買ってしまいました。私は春樹さんのようにフル・マラソンを毎年走るような本格的なランナーではないのですが、それでも、走ることを日課としている者として、30代になってから走ることの喜びを見出した者として、そして、ささやかながら芸術にたずさわる仕事をしている者として、共感するところがとても多い本でした。特に、彼の小説に対する姿勢は、私の音楽に対するそれとすごく近くて、読みながら、うんうんと頷いてしまいました。もちろん春樹さんと私とでは、雲泥の差があることは言うまでもないのですが (それにしても 「雲泥の差」 ってすごい言葉ですね。いくらなんでも私は泥よりましだとは思いますが、、、)。
歳をとってタイムが思うように伸びなくなったことや、肉体の衰えに直面した時の心境なども正直に書かれていて、そのあたりには潔さを感じたし、これからそういうことを経験していくはずの者として、勇気もいただきました。

中には、これまでにエッセイなどで書かれたことのある内容もありましたが、こうして一冊の本にまとまったものとして出版されるのは、ファンとしてはうれしいものです。

特に印象に残った部分は、ある程度歳をとってくると、人生には優先順序 (時間とエネルギーをどのように振り分けていくかという順番) が必要になってくる、というようなことが書かれた部分でした。「ある年齢までに、そのようなシステムを自分の中にきっちりこしらえておかないと、人生は焦点を欠いた、めりはりのないものになってしまう」 という一文を読んだ時は、はっとさせられました。これは私が、ある時期からぼんやりと感じていた危機感だったのですが、それを明確に文章で表されたのを読んで、「ああそうか、私の感じていたのはこういうことだったのか」 と目から鱗が落ちた気分でした。考えてみると、20代の半ばに家にテレビを置かなくなったあたりから、私の中でそういうシステム作りは始まっていたのかもしれません。そして現在は、そのシステムを固める時期に来ているのかなあ、と思います。

本編の最後に書かれた結論 (のようなもの) と、閉めの言葉には思わずじーんとしてしまいました。今日も走りながら思い出して、何ともいえない熱い思いがこみ上げてきました。明日もがんばって走って、ピアノを弾いて、ハーモニカを吹こう。

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よつばと!

3月 13, 2008 at 12:19 pm (本 / 美術)

漫画には詳しくなくて、この漫画のことも、作者のあずまきよひこさんという方のことも全く知らなかったのですが、ものすごくはまって全7巻買ってしまいました。漫画本を買ったのなんて20年ぶりくらいです。

ストーリーは普通の日常生活を描いたもので、ドラマティックな展開や結末などはないのですが、そこをおもしろく描いていく作者の画力はすごいなあ、と思います。なにしろ背景の絵がきれい。人がいない背景だけのコマや、登場人物のセリフがないコマが作品中けっこうあるのですが、その 「何も言わない」 コマが逆に物を言うんですよね。夏の蒸しかえるような暑さや、穏やかで静かな午後の日影の涼しさや、自転車に乗って感じる爽やかな風や、アスファルトに降る雨の匂いなどが手に取るように感じられます。そのリアルな背景の中で、よつばが周りの大人達を巻き込んで、生き生きと動き回っています。独特の 「間」 や、登場人物の表情、リアルな背景をひとコマひとコマを楽しみながら読んでいく、という感じ。私なんかは何度読み返しても飽きないのですが、合わない人が読むと 「何これ?どこがおもしろいの?」 ということになるかもしれません。

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読んだ後、温かくほのぼのとした気持ちになって、とっても元気が出ます。主人公は5歳の子どもですが、この漫画が本当にうけるのは、日常にちょっと疲れてはいるけれど、心の底に童心を持っている大人達のような気がします。人気の出た漫画はアニメになることが多いですが、この作品はアニメにしてしまうと意味がなくなってしまうと思うので、漫画のままであることを願っています。

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